現在、こうして和久創造共育普及の仕事に携わっているのは、川の水がやがては海に流れていくかのように、自然なことだったと感じています。
幼少期から高学年まで通った「絵画教室」では好きなように描いていました。記憶に残っている指導者のことばは「弘美ちゃんいいねえ!」だけでした。
そして、教室の送り迎えをしてくれていた祖母は、私が絵を描くたびに目を細めて喜んでくれました。彼女は、孫がコンクールで賞を取ったり人に作品を褒められることが、なによりも自慢であり生き甲斐となっていたようです。
その後の私は、高校、大学と美術の道に進みました。
そんな私の幼少期の環境と体験は宝物のように光が失せず、現在の『和久洋三のわくわく創造アトリエ』での私と金色の糸でつながっているような気がします。
吉祥寺でプレイルームを開設できて6年を経ました。
もう一人の担い手である娘と共に、楽しく、時にはぶつかりながら全身全霊でやってきました。
『わくわく創造アトリエ』には、和久創造共育法のカリキュラムという強力なベースがあります。それをアトリエ活動で実施するにあたり、いかに子どもたちが最高のパフォーマンスを発揮できる環境を提供できるかが私たちの役割であり使命です。そのため準備に全力をかけます。子どもへの新しい情報の差し出し方、見せ方、全体の流れのつくり方、そこに必要な試作と仕掛け。
準備の段階で迷ったり疑問が解けなかったりすると、最適な解を求めてさまようことになる。
娘と話し合いますが、見解が相違することもあります。議論しても一致を見ないと他者に相談、納得できないとまた答え探し。期限付きなので死ぬ思いで探します。寝る前も考えているので夢の中で見つかるのか、朝起きると答えを得ていることも度々です。
「準備=環境設定」が8割を占める。充分な準備があってこそ当日は自信を持って提供できますし、あとは子どもに任せて行方を見守ります。
私のテーマへの理解の深さとできる限りの準備は、子どもたちに対して、言葉ではない「確信」を伝えられます。また体験という情報と、目の前の情報との組み合わせで新しい遊びは思いのほか次々に生み出すことができます。これこそ、この和久創造共育法の真髄。
私自身の新しい発見は、アトリエ進行中にも起こることで、素敵な発見のお陰で計画していた流れが変わることもあります。進行中に素敵な発見をたくさん得る時は、テーマを理解していてゆったりと楽しんでいる時です。講師は、常にそうした心の状態で臨むことが求められていると感じています。
アトリエの最中の子どもの「いいことかんがえた!」を常にキャッチして、共有できる状態でいることは最も大切なことと心得ています。
『和久洋三のわくわく創造アトリエ』誕生と同時に誕生した私の「アトリエ」は、その歴史も歩みも共にあります。
年を重ね、時代も大きく変化しました。しかし、『わくわく創造アトリエ』の存在は色褪せないどころか、ますます光を放ち続けています。この鮮明さはなんなのでしょう。
和久先生ほんとうにありがとうございます。
時代を超えて生きるこの共育法を明日につなげたい。
たくさんの子どもたちにこれを伝えたい。
共に手を携えてアトリエをつくってきたパートナーであった娘は病気で帰らぬ人となってしまいました。この思いは私たち親子の願いとして生き続けていくのだと思っています。
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